ドイツ橋とめがね橋:大正年間ドイツ人俘虜が築造した石造アーチ橋(徳島県鳴門市)

写真上:ドイツ橋、写真下:めがね橋 【2022年3月22日投稿者撮影】
☆★☆現地に設置されている2つの説明看板を転記しました:
☆☆ドイツ橋(横書き看板)
 第1次世界大戦の際、中国の青島(英名Qingdao、日本語チンタオ)で捕虜となったドイツ兵953人が、大正6年から9年までの間、大麻町桧の坂東捕虜収容所の収容されていました。この間地元住民との間に“国境を越えた人間愛と友情”がめばえ、高い水準のドイツ文化が伝えられました。
 バターやチーズの製法、展覧会の開催、楽団による演奏会等、地元の発展に大きく貢献しました。帰国を前に記念として母国の土木技術を生かし近くで採れる和泉砂岩を使ってドイツ橋が造られました。
*四国のみち/環境庁/徳島県
☆☆ドイツ橋(縦書き看板)
 第一次世界大戦当時、近隣の坂東捕虜俘虜収容所で捕虜生活を過ごしたドイツ兵が、地域との自由な交流の中で
地元への感謝の気持ちを込め、母国の優れた土木技術を生かし、大正六年から大正八年六月までに十の橋を造った。
 木橋が六橋、石橋が四橋で、現存するドイツ橋は同八年六月に神社境内の丸山公園に造った最後の石橋である。
今では日独両国の友情の架け橋とされている。県の史跡(平成十六年一月)に指定されている。全長九メートル、全横二・一メートル、高さ三・二メートル、撫養石(和泉砂岩)製、総重量約一九五トンの石積アーチ橋。

【ドイツ橋・めがね橋(大麻比古神社)】https://doitsukan.com/spot.html#oasahiko
徳島県の総鎮守として知られる大麻比古神社の境内に現存。板東俘虜収容所で生活したドイツ兵たちによって当時造られたものであり、モルタルなどの接着資材を一切使わず、石のみを組み合わせて1919年に建設され、ドイツ橋は徳島県の文化財指定史跡となっています。

投稿日時 2022-03-28 00:55:00

投稿:吉川弘道