佐古配水場(徳島県) -近代水道の父、中島鋭治博士が手掛けた浄水場-

【佐古配水場】

 徳島市は、飲水を井戸水に頼っていた大正時代までは、赤痢や腸チフス等の伝染病が度々発生し、多くの死者を出していました。1908年(明治41年)には徳島県内初となる水道が池田町で整備されましたが、徳島市は東京帝大の中島鋭治博士に水道敷設の調査・設計を依頼し、その頃の徳島市の年間予算の約3倍の巨費を投じ、調査開始から17年の歳月をかけ1926年(大正15年)に佐古浄水場が完成しました。
 ポンプ場(喞筒場)は、入口上部に市章と栗を組み合わせてデザイン化した紋様の浮き彫りの装飾が施され、バルコニーのような意匠があしらわれた外観が特徴的です。集合井は、RCの井の側壁上に円柱状の上屋を被せた造りとなっており、イギリス積みの煉瓦壁と窓の上下等要所に花崗岩を配した造りで、ポンプ場や源水井と統一感がありながらも、壁面の柱型等それぞれ個性のあるデザインとなっています。
 安全な水を送り伝染病から徳島市民を守り続けたこのポンプ場は、今も非常用発電施設としての役割を担っており、春先には桜と赤煉瓦のコラボが市民を楽しませてくれています。

・昭和60年 近代水道百選に選定
・平成9年  国指定有形文化財に登録(ポンプ場)
・平成10年 国指定有形文化財に登録(集合井・源水井)

参考文献:・建設マネジメント技術 2008年2月号 土木紀行 佐古配水場
      http://kenmane.kensetsu-plaza.com/bookpdf/45/at_01.pdf
     ・土木学会四国支部「土木紀行」No.48(徳島)徳島市佐古の配水場
      http://doboku7.sakura.ne.jp/kikou/dobokukikou48.pdf

投稿日時 2020-05-18 10:54:48

投稿:伊藤 純