江戸への塩の道〜小名木川〜

小名木川(おなぎがわ)は、東京都江東区を東西に横断し、隅田川と旧中川を結ぶ全長約5kmの運河である。

江戸時代初期、徳川家康は兵糧の塩の確保のため行徳の塩田に目を付けた。しかし行徳から江戸湊(当時は日比谷入江付近)までの江戸湾(東京湾)北部は当時、砂州や浅瀬が広がり船がしばしば座礁するため、大きく沖合を迂回するしかなかった。そこで小名木四郎兵衛に命じて、行徳までの運河を開削させたのが小名木川の始まりである。

運河の開削によって、安全に塩を運べるようになり、かつ経路が大幅に短縮された。新川、江戸川、利根川を経由する航路が整備されると、近郊の農村で採れた野菜、東北地方の年貢米などが行き交う大航路となった。

明治に入ると、小名木川沿岸はその水運で様々な原材料を運ぶことができることもあり諸工業が盛んになり、工業地帯となった。
昭和50年代には江東地区の地盤沈下により荒川と中川の水位の差が最大3.1mに達することもあり、長い間船舶の運航が出来ない状況となっていた。

しかし、水上交通が大震災時等に有効であるということから改めて水路が見直され、2005年に「荒川ロックゲート」が完成し、荒川と隅田川の連絡と荒川と隅田川に挟まれた墨田区、江東区、江戸川区にまたがる地域の水上交通の確保と震災時の救援物資輸送路としても利用される。

【参考文献等】
小名木川(フリー百科事典:Wikipedia))(2019年3月30日15:00(日本時間)現在での最新版を取得)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%90%8D%E6%9C%A8%E5%B7%9D
【写真】平成31年3月投稿者が撮影

投稿日時 2019-04-02 21:43:05

投稿:佐藤祐明